私を殺す方法

肌寒さを感じ、私は目を覚ます。横には私の姉が毛布を全て自分のものにしている。

「おい」

姉の頬を引っ叩く。それから唸り声を上げて、姉さんは目を覚ますが、私の気は一向に収まらないのでさらに叩いた。

「痛い、痛い」

それでも私は行為を続けた。手を振り上げ、下ろす、その繰り返しが一定のリズムを生み私の脳内では暴力に対する喜びを感じていた。

「酷いよ」

私の姉は、私と同じ思考、同じ趣味、同じ顔をしているのだが、私とひとつ違う所があった。

姉さんは、計算が苦手で漢字が書けない!

従って私は姉を自分より劣っているものと認識し、このように軽率に暴力を振るう事が多々ある。

「誰かをいじめて楽しいと思うのは人間の普遍的な感情だと思わない?」

「思う」

計算が苦手で漢字が書けない事以外は私とまるきり同じなので、同じ価値観を共有する事が出来る。

それから姉と同じタイミングでベッドから這い出し、同じタイミングで歯を磨き、同じタイミングで朝食を摂って、ニュースが伝える事件を見て同時に笑った。

流れるニュースは人が死んだとか、神が死んだとか、神に発情していたオタクが死んだとか、基本的に変わり映えがない。

今日は想像上の休日(本当は違うが)なので、私は背伸びをして何の意味もなく姉さんを眺めた。そうする事で姉さんよりも背丈が上がる。つまり私の方が偉いという事になる。

寝癖の向きが私と違う事に気がついたので、同じ方向に直してやった。それが人生において重要な行為なのである。

「どうして殺人って起きるのかな」

ニュースを見ながら神妙な顔つきで姉さんはそう言ったので、

私が計算が苦手で漢字が書けない人が居るからじゃないのか、と答えたら本気で怒らせてしまった。

「計算が苦手で漢字が書けない以外、私と海里は同じじゃない。どうしてそんな事を言うの?」

「ああ、分かってる、私は差別主義者だ。しかしだからと言ってやめられるくらいならやってないよ。他人を加害するのは楽しい。それが自分の姉だとしてもね」

「では謝罪を求める。人を加害した代償として」

「ごめんなさい」

脳内の構成は殆ど同一なので(血と唾液とコンクリで出来ている)喧嘩になっても互いの考えを理解しているためすぐに終わる。

計算が苦手で漢字が書けない、その二つの要素が私達の存在を分かつ。

たった二つの違いなのに、私と姉さんはまるきり違う存在に思える時がある。

私と違い計算が苦手で漢字の書けない姉さんは、私と違う世界を見ていると言っても良いし、それには腹が立って仕方がない。

私達姉妹は同一でなくてはならない。互いにどうしようもない差別主義者で、人を謀り、殺し、犯さなくてはならない。

長い長い長い年月の末に私達はウッカリ別の存在に分かれてしまったため、世界中では血の雨が降り東京ビッグサイトにはオタクが集まる。

変化するという事は、過去の否定だ。同一性を脱却し一つの個性を姉さんは手に入れてしまった。

何が計算が苦手で漢字が書けない、だ。

私だってその程度、苦手になれるし書けなくもなれる!

私は計算する事をやめた。

やめると言っても日常生活に計算はつきものであった。買い物をするのにも、死体を数えるのにも計算が必要だ。

適当に財布から出した小銭をレジに置く。人数も数えず人を殺す。

カルマ値の低下を感じたが、とっくに-の値にまで下がっているのでどうでもいい。

次に漢字をやめた。それだけでは姉さんには近づけない。否、姉さんを超える事が出来ない!

私は姉さん以上に変わってみないといけない。私の方が姉さんより優れていると証明するのだ、この世界に!

私はカタカナもひらがなもやめる事にした。

しかし視界に入ってくる文字列、文字列、文字列!

街の看板やテレビのテロップ、Tシャツに書かれたつまらないユーモア!

手先が確かに「罪」と「業」の字を覚えている!

私は恐怖した。世界はなんと文字で溢れているのだろうか……

文字から逃れるために私は目を閉じる。それでも脳内で右から左へ流れていく言葉には確かな形があって、文字~!と分かる。

仕方がないので私は、平行世界の私に手紙を出す事とした。

『九十九海里氏 へ。驚くべき事に私は平行世界のあなたなのですが、あなたの手元には今、計算を苦手にする機械と、漢字を書けなくする機械がありますよね。そちらを私の世界へ送ってくれませんか。もちろんお代は弾みます。私の右手、その小指を差し上げます』

3日後返事が来た。

『死ね』

私はのたうち回る程腹が立って、そいつ住んでいる世界を滅ぼしてやろうと考えた。

そこまではいかなくとも、その世界の私を殺すくらいは出来るだろう。

憎い。私が憎い。いくら私と言えども、限度がある。

私は確かにどうしようもない差別主義者だが、ここまで人を舐めた態度が許されるはずがない!

差別主義者にも差別主義者なりの仁義がある。それは恐れない事と譲らない事と人を舐めない事だ!

九十九海里自伝。

私が筆を執ったのは、私と同じ差別主義者の皆様が、

平行世界の差別主義者のご自身を殺したくなった場合のライフハックとしてこの世に記したくなったからです!

差別主義者を殺すために必要なのは、知識と、愛と、倫理。だが本当はナイフ一本で事足りる。

奴に最後の手紙を送ってやろう。

『馬鹿! 死ぬのはお前だ』

私は環境に優しいオーガニックコットンで作られたトートバッグの中にナイフを忍ばせ、

ついでに姉さんと見に行く予定のライブチケットも入れた。ダブルブッキングだ。

スケジュールが詰まっているため、私は焦りながら平行世界への扉を開くための呪文を唱える。

両手を上げて頭を下げ、手首を左に回し、回し、痛くなってきたら頃合いだ。

「右は水。左は壁。床には死体とミートローフ」

何故この呪文なのか? というのは、

私が「あ」から始めて「んんんんんんんんんんんんんんんんんんん」までの日本語の並びを試した結果、

この言葉が一番世界と世界を繋ぐのに適していたからだ。

それから視界が途切れる。世界と世界の間は真っ黒く、右下に「Now loading」と表示されるのが常。

世界が読み込まれていく。遠くの風景のビルがまだポコポコと増えていた。眺めながらsettingでカメラをリバースモードにする。

私は私の家の前に居た。

都合の良い事に玄関ドアは開かれて私が出てきくる。

そうだ、理由はいらない。私は私に殺される運命なのだからまどろっこしい過程などは必要ない。

「あっ」

「やあ」

私はカバンから出したナイフで、私の脇腹を刺した。脈絡のない出来事に多くの人間は対応出来ないだろう。それは私も同じだ。

「うう」

私が苦痛で顔を歪める。私はそれを眺めて、ああ、暴力っていうのは気分が良いな、としみじみ思うのだ。

暴力というのは実に分かりやすくて良い。陳腐な言葉遊びや代々受け継がれた偏見とは違い、とても手早く後腐れがない。

他者の人生に干渉出来る合理的かつ最善の策だ。私は言葉で他者に干渉しようとしてる人を見ると、とても信じられないなあと思う。

もっと明確で単純で簡単に人生を変えられる方法があるというのに。言葉如きで変えられるなんて、あまりにも人間を馬鹿にしていると思わないか?

この世全ての人間は私に差別されるべきだ。全ての苦痛は一つの根源に繋がる。人間の脳が生み出すくだらない妄想が、人を殺し嬲るのだ。

であれば私はその全てを嫌悪する。差別する。偏見する!

人間というのは実に汚らわしい恥知らずの生き物であって、私にもその惨めったらしい血が流れている事に怒りを覚える。

私の将来の夢は、人を殺さなくて良い世界を作る事だ。それはすなわち、人の存在しない世界なのだ。

などと思案していたら私が息絶えていたので、近くの電話ボックスでダイアルを回して、1、1、0!

「あー、すいません。私、私を殺しちゃったんです。ハハハ、えー、別に信じて貰わなくても構いませんが。ふふっ、場所は、○○区○○市の○丁目○○番地」

私はそれから大急ぎで元の世界へ戻った。姉さんとの約束に30分も遅刻してしまう。ああ、計算が得意で漢字が書けると人生面倒事ばかりだ。

 

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