俺には兄が居るのだが、非常に厄介な人間で、弟である俺との同一化を図ろうとしているのであった。

我々兄弟は、顔、趣味、何時に起き何時に眠るか、じゃんけんで平均的にどの手を出すか、嘘をつく時のやり口までもが一緒だ。

しかし俺と兄さんには決定的に違う部分があった。何故なら俺は計算が苦手で漢字が書けなかったのだ。

兄さんは俺に算数ドリルと、漢字ドリルをよこした。

可哀想な事に俺は、毎日毎日やりたくもない勉強を強いられている。もう**歳だというのに……

計算が苦手だと、とにかく人から下に見られるし、漢字くらい誰だって書けるだろうとかその程度の非難は日常茶飯事であった。

しかし俺はとにかく勉強なんて退屈な事はしたくないのだ!

俺よりも計算が得意で漢字の書ける人間がこの世から居なくなれば、俺がこの世で一番計算が得意で漢字の書ける人間になるだろうが。

であるから毎晩毎晩人を殺す訳だが、一向に世界の人口は減らない。俺一人が虐殺を繰り広げた所で世界の出生スピードに敵うわけがなかった。

もっと根本的解決法を実地する。俺に勉強を押し付ける原因を断てばいい。

兄さんを殺す。

そろばんも算数教材のブロックも3B鉛筆も宿題ももう俺はうんざりなんだ!

知らん奴から貶されるのであれば殺せば良いし、勉強を強いる奴がいるのであればやはり同じく殺せば良いのだ!

うららかなる本日、うららかなる自宅、うららかなる夕飯後、俺は椅子に正しく座標を合わせて座り、人差し指と親指の間に鉛筆をねじ込む。

勉強は必ずリビングでさせられる。俺がきちんとやっているか監視するためだ。

「海里、今日は勉強を頑張っているね」

「ハハハ……」

兄の満足げな表情を見ると頭に血が上って仕方がない。腹が立つ。計算が苦手で何が悪い?漢字なんて記号の集合体のくせに!

まったくそんなものに執着して人間ってバカだな。この世にはもっと目を向けるべき問題があるというのに……

算数ドリルにでたらめな数値を書き込みながら、いつ、どのタイミングで野郎を殺すか俺はずっと見計らっていた。

どうせならサプライズにしたいし、動画も撮っておくべきだし、ケーキも用意するべきだ。

友達を呼んで、チークダンスをして、今日は良い日だったねえ、などとほざいている瞬間が良いだろう。

腕に黒鉛を突き立てて日程と計画を書き込みながら、ふいに兄の方を見れば間抜けにアニメを見ている(泡を吹きながら)

やはり、あのような物体(対象のモノ化)に比べれば、俺の方が数段マシな人間だと思うし、

計算~以下略でも絶対に俺の方が真っ当な人間だと思う。

物語というのは非常に有害かつ不健全な媒介である。

血と唾液とコンクリの国に、暴力と快楽とピザとを抜いた娯楽はありえない。それを含まない物語など下の下、駄の駄!

当然、アニメもそうだ。人が死に、女が意味もなく脱ぎ、ピザを食べるのだ。

外に出ればもっと暴力的で非人道的な行いで溢れているというのに、虚構など一体何の意味があるというのか!

兄さん、俺は外の世界で願望を満たすよ。

外の世界で人を殺し、外の世界で女を脱がせ、外の世界でピザを食べるよ。 もちろん、そんな事はするべきではない

この血と唾液とコンクリの国で、そういった欲求を抑えられる奴なんていない。

街を歩けば人殺し、ゲームショップに行けば女を脱がせるだけのゲームが販売され、飲食店はピザ屋が80%を占める。

この国はいつからだったかそういう風になってしまったのだ。

腕に書き込んだ殺害計画を眺める。鉛筆の芯が皮膚の下で折れた事を確認し、俺は大変満足した。

「折るまでがワンセットだよな?」

そんな独り言も兄さんの耳には入らないだろう。架空の人間が殺される物語に釘付けになっているからだ。

そしてよく周辺を見ると兄さんの座っているソファーとその一体は一面泡びたしになっていた。

兄さんは県でもよく口から泡を吹く事で表彰された事がある。

口から服へ、ソファーへ、フローリングへ、これは大河だ。そして大河の近くでは文明が栄える。

流れ落ちるの周辺で新たな生命体が生まれ、独自の文明を築き初めている事にも兄さんは気づいていないのだろう……愚か!

新たな文明を素足で踏みつけながら、神っていうのはこういう気分なのかもしれんな、と考えたりした。

「海里、男が死ぬ物語と、女が死ぬ物語、どっちが面白いと思う?」

複数の静止画の連続から目を離せない兄さんは、こちらを見もせず、ただ高揚した口調で俺に語りかける。

「どっちも不愉快だな」

兄さんの肩を叩き、そして俺は微笑んだ。

「今日の分、勉強は終わったよ」

「おお、それは良かった」

かかったな!

振り返った所を計算ドリルで思い切り頬を引っぱたく。

「痛い!」

これだよ、これ!

暴力、それこそが人生の意味であり価値観!

一体それ以外になんの価値がある?(ピザが美味しいという事だけは認めざるを得ないが……)

しかしその時、俺はとんでもない事実に気づいてしまう。

苦痛に顔を歪ませる兄さんの顔の中心点、二つの眼の間、つまりは鼻だ。

計算が苦手で漢字が書けないだけでなく、鼻の高さまで俺は兄さんに数ミリ負けていたという事!

「あ、殺す」

「海里?」

「死刑」

「海里!」

「何で俺ばっかりこうも不運なんだろうな」

「海里!」

「黙れ黙れ黙れ! 口を開くな、世界が汚れるだろう! お前のような人間が酸素を吸って吐いてして良いとでも思っているのか、ダボが! 二度と口を開くなよ、大気が汚染されるだろう、汚らわしい! お前なんてな、この世で一番醜悪で、過激かつ露悪気取りユーモアセンスが壊滅的! お前はクズなんだよ。よくも今まで俺に馴れ馴れしく話しかけてくれたな。これは非常に恐れ多い事だぞ、ええ? そんな事も分かるはずがないよな、お前のような***(蔑称)には!」

とかなんとか、一悶着の結果俺は兄さんを殺してしまった。

「やれやれ、いつもこうだな」

まだテレビには暴力的なアニメーションが流れ続けて、女が人を殺し服を脱ぎピザを食べている。なんと低俗!

ポケットからスマホを取り出して「ど、れ、に、し、よ、う、か、な」と電話帳の中から選びぬいた宛先は、非常にオツムの弱い愚かな男子高校生、山中勤であった。

勤は一般的なごく普通の冴えない高校二年生の中でも群を抜いて愚かだったため、俺の言う事であれば何だって聞いた。

例えばアツアツ熱湯風呂の中で生きたエビを剥かせた事もあったし、己の息のみで風力発電をさせてみたり、蜘蛛の糸でバスタオルを編ませた事もあったかな?

「はい、もしもし」

「おい、兄貴を殺したから、その後処理をやるぞ」

「えっ」

「その先の言葉を言うなよ、どうせ『どうして殺しちゃったんですか』とか『ベテルギウスは冬の大三角に含まれる恒星である』とか言うつもりだろう、愚かしい愚かしい! お前のようなオツムの弱い男子高校生が他人に気にかけてもらえるだけありがたいと思うんだなあ、おい! どうせ女でも殺してメソメソしてた所なんだろう、クズが! 自分の人生が少しでも大切だと思うんなら何も言わずウチに来るんだな、お前の罪業を世間にバラしてやるぞ」

「分かりました。そちらに向かいます」

数十分後、インターホンが鳴り、勤がやってきた。

それからもう数十分は黙々と麻袋に兄さんを詰める作業に勤しむ事になるだろう。

当然、勤に後処理をブン投げる。そのために呼んだのだから当然の事だ。だって血とか汚いし……

勤は「うわあ」とか「悪臭」とか「ベテルギウスは冬の大三角に含まれる恒星である」等と文句を言いっていたが、

無事ミッションは達成され10の無償ジュエルが手に入った。

「これ、どこに埋めるんですか?」

「火星よ」

「はい?」

「火星に埋めんだよ」

こうして俺と勤は、宇宙飛行士の資格を得るための厳しい試験に挑む事になるのだった……

 

 

fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

というわけにはいかないので、俺達は近所の海に兄さんを放流する事にした。

相変わらず都会の空には星がない。我々愚かな人間の悪徳を照らす光は蛾のたかる街頭ランプ、か、犬のお散歩リード(蛍光色)

時刻は22時を回っていた。俺の時計はずっと22時15分で止まっているので、この世界は常に22時である。

勤に兄さんが混入した麻袋を抱えさせ、俺は前を歩いた。こうやって強者は弱者に自身が上であると示すのさ。

 退屈な道中を退屈な会話で埋める事をお許しください

 

「お前は一体どんな女を殺したんだ?」

「話さないとダメですかね」

「話したら一分だけ麻袋を持って歩いても良い」

「あれは満月の綺麗な夜の事でした……」

「死刑」

「好きになった女の子が皆死んじゃうんですよ!!」

「バカ、大声を出すんじゃない」

「酷い時は自分で殺してるんですよ!!」

「クズ!」

「いやいやいや、でも」

ここで勤は、人殺しなのはお前も同じだろ、と思ったが口にするのをやめた。何故ならめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ殴られるからだ……

 

「もう黙ってろ」

兄(切り落とし)が入った麻袋を奪い取り、約束通り一分だけ持って歩く。

「ありがとうございます」

このように時たま優しい素振りを見せてやる事によって、愚かな人間の忠誠心を高める事が出来るのだ。

「60、59、58、57、56、55、54、53、52、51、50、49、48、47、46、45、44、43、42、41、40、39、38、37、36、35、34、33、32、31、30、29、28……」

弱者を従える最も温和で平和的かつ残忍な方法というのは、誤った常識を長く長く日常に混ぜ込み洗脳する事である。

俺が勤に何かと面倒事を押し付けても、それが勤の中で「当たり前」でしかないからバカバカしい事に感謝の言葉まで出てくる。誤った常識である。

例えば、奴は空が青いなあ~と言うだろう。事実、空は青い。正しい事なのだ。少なくとも世間一般では空の色は青い。

しかし俺は奴に、朝昼晩問わず日本・ボリビア・オセアニア・パプアニューギニアだろうが空は常に虹色だと言う。

これに反した時は、手を上げていい。そして理解するまで復唱する。

街を歩いていてすれ違えば「空は虹色」だと声をかけ、

誕生日には「空は虹色」とプリントされたTシャツを送り、

毎日メールで「空は虹色」とだけ送信した。

空が虹色のはずがない、その意見は正しい! 100ポンドあげる!

しかし何度も繰り返し間違いを教え続ければ、いつしかそれは正解になる。皆が「そう」だと思えば「そう」だし、俺が「肉」を食べたい時は「肉」を食べたい時なのだ!

勤は空の色を虹色だと思いこんでいる。暴力によって勤の価値観は書き換えられてしまった。

ちなみに俺が見ている世界は、空が絵の具をぶちまけた濁った灰色で、地面はアメリカのカラフルなグミだし、5年前からずっと自分の手がチュロスに見えている。

「一分終わった」

「ああ! なんて血なまぐさい」

「文句を言うな、お前のような人間が鼻を削がれてないのは奇跡なんだぞ」

勤は何か言い返そうとモゴモゴしていたが、それは全て夏の夜の涼やかな風にかき消されたのだった――――

 

 

 ~それから一分と一分と一分と一分の先の世界~

「海が見えて来ましたよ」

俺の眼を介して見える海は、汚らしい灰色であった。勤の眼を介して見える海は虹色であろう。そう、毎日がカートゥーンアニメだ!

しかし浜辺に一つ、人影があった。先客である。

「おいおい、殺すか」

「やめましょうよ、そのうち居なくなりますよ」

「どうも」

おぞましい事にこの人、足音を殺して近づいてきた。もしくは足音SEが未実装なのだ。

「お前は……」

いや確かに、それは俺自身だった。

性格の悪そうな風合いや髪の色、目の形、鼻の高さ、上着についたミートソースの染みまでが完全一致していた!

立ち姿はまさしく差別主義者のそれ、立てば暴力座れば権力歩く姿は人殺し!

「その麻袋を私によこせ」

「何故だ?」

「知る必要はない」

「まあいい、別にこの***(蔑称)なんか好き好んで持ち歩いてるわけじゃないからな。お前が処理してくれるってんならどうだっていい」

「物分りが良くて助かった」

別世界の俺は兄(サイコロステーキ)を抱えると、灰色の海へと足を踏み出し、そのまま沈んでいった。

「ちょっと! 海に入っちゃいましたよ」

「エラ呼吸なんだろ」

愚かな人間の前では俺は毅然とした暴君であらねばならないため、興味のない素振りをしたが、俺の心境は安堵で一杯だった。

海里と海里は基本的に敵同士である。暴君と暴君が出会ったら、まず殺し合いが起きる。何故なら俺達海里は自分が一番上だと思っているからだ。

それは平行世界の自分自身に対してもそうで、常に自分が一番強いと思い込む。そういう生き物なのだ。

俺は他の海里と比べれば温厚なタイプだし、血とか非常にキモイな~と思うし、臓物なんてもっての他!

出来る事なら海里とは争わず、もっと懐柔しやすい人間を従わせてチークダンスでもする方が好きなのだ。

俺達の業の深さと言ったら東京ドーム何個分だか分からないが、尽きる事のない欲望に振り回され、大半の海里は古龍の丘に幽閉される。古の人と龍が殺し合った丘である。

しかし幽閉されるのは当然の事なのだ。暴力も快楽もピザも全部、沢山あったら不愉快なものでしかない。

不愉快を快とし極限まで追い求めるのが海里で、非常識なまでに追い求めれば当然、海里は社会から拒絶される。

俺は数多いる九十九海里の中で、一番の出来損ないだ。程よい火遊びで自分を満足させる、小さいコミュニティの中で強者を気取る……

「海里さん、これからどうするんですか。お兄さんを殺して本当に良かったんですか」

「良いに決まってるだろう。自分によく似た人間なんて、厄介なものでしかないんだぞ」

そして俺達は歩き出した。宇宙飛行士の資格を得るための厳しい試験に挑むために……

 

 

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